【2025年・セルフリライト】10年前に書いた「敷金」のブログ記事、今の法律でチェックしてみた。
— 10年前の「当たり前」は、今の「法律ルール」になっているか? —
はじめに:あの頃、ぼくが願っていたこと
こんにちは。10年以上、不動産業界で仕事をしている者です。
2014年の夏、「民法が約120年ぶりに改正され、敷金の定義がハッキリ決まるらしい」というニュース(元記事参照)を見て、興奮ぎみにブログを書いたのを覚えています。
当時のブログで、ぼくはこんなことを書いていました。
「不動産業界はまだまだ不鮮明」「騙そうと思えばいくらでも騙せてしまう」「一日でも早く民法改正が行なわれて、住み良い世の中になれば良いなと心から願います」と。
あれから約10年。その民法改正は2020年4月に無事施行されました。
じゃあ、あの頃ぼくが問題だと思っていた「敷金トラブル」は、今の法律でどうなったのか?
2014年の自分の記事を、2025年現在の「法律の答え」でセルフリライト(書き直し)してみたいと思います。当時の4つの疑問に沿って、今のルールをズバリ解説していきますね。
1. 検証:「敷金は返ってくるの?」
→ 結論:2020年の民法改正で「返すのがルール」とハッキリ決まりました!
10年前、ぼくは「(敷金は)普通は返ってきます」と、ちょっと歯切れの悪い書き方をしていました。当時は、敷金についてハッキリ書かれた法律の条文がなかったからです。すべては過去の判例(裁判所のルール)まかせでした。
【2025年の答え】
今は違います。2020年の民法改正で、第622条の2という条文が新設されました [1]。
- 敷金とは?(第1項): 家賃滞納や部屋を壊した時の修理代(担保)として預かるお金のこと。
- いつ返す?(第1項1号): 「賃貸借が終わり、部屋の返還を受けた時」に、滞納家賃や修理費を引いた「残額」を返さなければならない [1]。
これは大きいです。10年前にぼくらが「当たり前だよね」と思っていたことが、全国共通の明確な「法律ルール」になったんです。
ただし、10年前の記事でぼくはこうも書いていました。
「東京の賃貸物件の場合は、ハウスクリーニング代を差引いた金額が戻ってくるのが通常です」
ここが、2025年現在、最大の要注意ポイントです。
「ハウスクリーニング代は、本当に引かれて当然なのか?」
この答えが、次の章でハッキリします。
2. 検証:「ハウスクリーニング特約は絶対?」
→ 結論:書いてあっても「無効」かも? 9割の特約が危ない理由。
10年前、ぼくは「都心部の9割以上の物件」で「退去時のハウスクリーニングは入居者持ち」という大家さん有利の特約があると書きました。これは当時の「業界の常識」でした。
【2025年の答え】
その「常識」、法律でひっくり返りました。
これも民法改正で新設された「第621条」という超重要ルールのおかげです [2]。
- 改正民法第621条(超重要):
「(中略)その損傷が通常の使用及び収益によって生じた損耗(通常損耗)並びに経年変化であるときは、この限りでない。」 [2]
翻訳します。
「普通に生活していて付くキズ(通常損耗)や、時間が経って古くなった部分(経年変化)は、入居者が直す必要はありません(=大家さん負担です)」という意味です [2, 3]。
では、一般的な「ハウスクリーニング」はどうでしょう?
あれは、次の入居者のために部屋をキレイに「商品化」する作業です。つまり、本来は「通常損耗」の回復作業であり、原則として大家さん(貸主)が負担すべき費用なんです [3]。
10年前にぼくが書いた「(敷金から)ハウスクリーニング代を差引くのが通常」という記述は、2025年の法律ルールとは真逆だった、ということです。
「でも、契約書に特約が書いてあったら?」
良い質問です。もちろん、お互いが納得して「特約(Tokuyaku)」を結ぶこと自体はOKです [3]。
しかし、裁判所は「入居者に不利な特約」が有効になるために、ものすごーく厳しい条件をつけています [4, 5]。
【特約が有効になるための3条件】 [3, 4, 5]
- 特約に「客観的・合理的」な理由があること(法外な金額じゃない、とか)[5]。
- 入居者が「本当は自分が払わなくていい(大家さん負担)って知ってるけど、あえて特約で払います」とハッキリ認識していること [4, 5]。
- その上で、入居者が「払います」と明確に合意(意思表示)していること [4, 5]。
さあ、10年前にぼくが「9割」と書いた契約書、この3条件を満たしているでしょうか?
契約時に「ここは特約で、本来大家さん負担ですが、今回は例外的にお客様にご負担いただきます。よろしいですね?」とまで説明を受けているケースは稀でしょう。
もし、契約書に小さく印字されているだけで、十分な説明もなくサインしていたら? その特約は、消費者契約法という別の法律で「無効」になる可能性が極めて高いです [4]。
3. 検証:「退去時の補修費用が高過ぎる!」
→ 結論:「耐用年数」が最強の武器。壁紙は6年住めば価値1円です。
10年前、ぼくが一番多く受けた相談がこれでした。「補修費用が高過ぎる!」と。
当時は「東京の物件は、しっかり数値で決められています」と書きましたが、その正体が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(国土交通省)」です。
そして、このガイドラインの考え方(通常損耗は大家さん負担)が、改正民法第621条 [2] によって、さらに強力なお墨付きを得たのです。
「高すぎる!」請求のほとんどは、次の2つのルールを知らないことから来ています。
3.1. ルール1:負担区分(どれが誰の負担か)
ガイドラインはハッキリ言っています。「原状回復」とは、「借りた当時の状態に元通りにすること」ではありません [6]。
入居者が払うのは、自分が「うっかり・わざと」壊したり、掃除をサボってひどく汚したりした部分(特別損耗)だけです [2, 3]。
【表1:これは誰の負担? 具体例】 [2, 7, 6, 8]
| 負担区分 | 具体例 | 理由 |
|---|---|---|
| A:大家さん(貸主)負担 (経年変化・通常損耗) |
・家具の設置による床のへこみ、跡 [2, 6, 8] ・日光による壁紙や床の色あせ(日焼け) [6, 8] ・壁に刺した画鋲(がびょう)の穴(下地ボード交換が不要なレベル)[2] ・普通に歩いてできる床の細かなすり傷 [6] |
普通に生活していれば当然発生するキズや劣化だから。(民法第621条)[2] |
| B:入居者(借主)負担 (故意・過失・管理不足) |
・タバコのヤニ汚れ・臭い(部屋全体が黄ばんだなど)[2, 7] ・飲みこぼしを放置したシミ・カビ [7, 6] ・重い物を落としてできた床の深いへこみ・傷 [6] ・掃除をサボったキッチンのひどい油汚れ、お風呂のカビ [7] |
「うっかり」や「管理不足」で、通常の使用を超える損傷だから。 |
3.2. ルール2:耐用年数(減価償却)
ここが一番のキモです。
仮に、入居者負担(上記B)になったとしても、新品の費用をまるまる払う必要はありません。
なぜなら、建物や設備には「価値の寿命(=耐用年数)」があるからです。
10年前に横行していた「壁紙を1m破ったら、部屋全面の新品代を請求」は、完全に間違いです。
ガイドラインが示す「耐用年数」の考え方こそ、不当請求に対する最強の武器です [3]。
【表2:主な設備の耐用年数と負担割合】 [2, 3, 9, 10]
| 設備・部位 | 耐用年数(目安) | 負担割合の考え方(例) |
|---|---|---|
| 壁紙(クロス) | 6年 [2, 9, 10] | ・入居から6年経った壁紙は、資産価値が1円(ほぼ0%)になります [2]。 ・もし3年住んで(残価値50%)[10]、壁紙(張替10万円)を破いたら、負担は50%の「5万円」です。 |
| カーペット、クッションフロア | 6年 [10] | 壁紙(クロス)と同じ考え方です。 |
| エアコン、換気扇 | 6年 [9, 10] | 壁紙(クロス)と同じ考え方です。 |
| キッチンシンク(流し台) | 5年 [10] | 5年で価値が1円(ほぼ0%)になります。 |
【2025年の結論(検証3)】
もし、あなたが7年間住んだ部屋の壁紙(耐用年数6年)を、うっかり破ってしまった(入居者負担B)とします。
退去時、大家さんから「壁紙の張替え代10万円です」と請求されました。
あなたはどうしますか?
正解は、「ガイドラインによると、耐用年数6年を経過した壁紙の価値は1円(ほぼ0%)ですよね? ですから、私がお支払いするのも1円です」[2] と、法的根拠をもって反論することです。
これが、10年前には「交渉」でしかなかったものが、2025年では明確な「ルール」になった、ということです。
4. 検証:「トラブルが起きそうな物件の見抜き方」
→ 結論:問題は「退去時」から「契約時」へ。手口が巧妙化しています。
10年前、ぼくは「余計な初期費用が多い、意味不明な事務手数料がかかる」物件は危険だと書きました。この直感は、2025年現在、もっとタチの悪い形で現実になっています。
10年前と今で、何が変わったか?
- 10年前(2014年)の問題:
法律が曖昧だった。だから悪徳業者は「退去時」に狙いを定め、敷金から不当な補修費やクリーニング代を引っこ抜いて儲けていた。 - 今(2025年)の問題:
法律が明確になった(改正民法621条 [2]、622条の2 [1])。「退去時」に不当請求すると、ガイドラインや耐用年数で反論され、負けるリスクが高くなった。 - 悪徳業者の「進化」:
「退去時に取れないなら、契約時に取ればいい」。
彼らは、敷金や補修費ではなく、「敷金以外のよくわからない名目」で、契約時に取る戦略にシフトしました [11, 12]。
10年前にぼくが書いた「意味不明な事務手数料」は、今、こんな名前に変わっています [12]。
- 室内消毒費、抗菌処理代 [12]
- 安心サポート(24時間対応など)(※火災保険とは別枠です)
- 書類作成費(※仲介手数料とは別枠です)
これらは、本来「任意(入るか入らないか自由)」であるはずのものを、さも「必須」であるかのように説明して初期費用に紛れ込ませる手口です [12]。
【2025年版・危ない物件の見抜き方】
10年前の直感は今も有効です。その上で、次の2つを実践してください。
- 特約の「説明」を求める:
契約時、ハウスクリーニング特約を指さして、「これは民法621条の原則(大家さん負担)[2] の例外で、私が特別に負担するという内容ですね? なぜこの特約が必要なんですか?」[5] とハッキリ聞いてみましょう。ここで逆ギレしたり、説明を濁したりする業者はアウトです。 - 初期費用の「任意項目」を突っ込む:
見積書を見て、「この消毒費って、任意ですよね? 外してください」[12] と言ってみましょう。これに応じない業者も、誠実とは言えません。
5. まとめ(10年越しのリライト):「ルール」はできた。あとは「知る」こと。
10年前のブログの「まとめ」で、ぼくはこう書きました。
「不動産業界はまだまだ不鮮明」「騙そうと思えばいくらでも騙せてしまう」
「一日でも早くこの民法改正が行なわれて、住み良い世の中になれば良いなと心から願います」
2025年の今、その願いは「法律上」は叶いました。
- 敷金は「返還義務」が法律になった [1]。
- 原状回復は「通常損耗は大家さん負担」が法律になった [2, 3]。
- ガイドラインで「壁紙6年で価値1円」[2] や「家具のへこみは大家さん負担」[2, 6, 8] がハッキリした。
- 安易なハウスクリーニング特約は「無効」と言える根拠が揃った [4, 5]。
10年前に「当たり前だろ!」と思っていたことが、ちゃんとルールとして整備されたんです。
でも、10年前にぼくが感じた「不鮮明さ」や「騙せてしまう」という業界体質は、残念ながら形を変えて残っています [11]。問題が「退去時の敷金」から「契約時の初期費用」[12] に移っただけ、とも言えます。
どんなに立派な法律やルールができても、それを「知っている」人しか守ってくれません。
10年前は、不当な請求に「高すぎる!」と怒り、「交渉」するしかありませんでした。
でも、2025年の今は違います。
この記事で紹介した「改正民法」「ガイドライン」「耐用年数」という武器を使って、「法的根拠をもって拒否」することができます。
もし、あなたが今まさに高額な請求書を突きつけられて困っていたら [13]、絶対に泣き寝入りしないでください。お近くの「消費生活センター」[14, 15] や、法律の専門家に必ず相談してください。
10年前に願った「住み良い世の中」は、法律が作ってくれるものではなく、ぼくら一人ひとりが「ルールを知る」ことで、手に入れていくものなんだと。2025年の今、ぼくはそう思っています。
