2016/12/07

『水が流れるところ』

暮 life
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「水が流れるところ」

--出されたカレーが辛かったんだけど(><)

私がそうグループトークに書き込むと、すぐに絵里葉や翠の書き込みが続く。

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--マジか。何カレーよ?

−カレーってけっこー匂いするのに初めてのおうちデートでチャレンジャーだね宏樹くん!

−おいしいは美味しかったけど、私には辛かったんだよぉー。何カレーだろ、カレースープみたいな。なんかスパイスの効いた感じの匂い部屋中にしてる今。

−カレースープおいしそうじゃん!

−料理男子?なんかめんどそう。

人ごとだからかふたりとも楽しそうにいろいろ書いてくる。

−美香子はやっていけそうな感じ?

−もしや今日泊まるとか?

−どうだろうぅぅぅ。なんか部屋うちの10倍は綺麗だし、綺麗好きなのかな、謎。夜どうするみたいな話になって、私は泊まってもいいよみたいな返事さっきしたけど分かんない、夜新宿あたりでかける予定。

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−泊まっちゃいな泊まっちゃいな。

−おうちデートなのに夜に外いくんかい!

−翠泊まっちゃうの煽り過ぎ(笑)

−絵里葉も外行くのスルーしようと思ったのにツッコんでるし(笑)

−合コンの時はあっさり系男子かと思ったけど、なんか最近美香子の話聞いてると細やか男子な予感...

−ね、あたしもそんな感じしてきた。美香子ザツなのにwww

−ザツじゃないし!全然ザツじゃないし!笑

−いや、ザツだよ!笑

−ザツっていうか、いい加減?

−より悪いわ!おおらかと言って笑

座り慣れないワインレッドのソファのクッションを変に潰さないように座りながらスマホをいじっていると、宏樹くんと話すよりも全然楽なことに気づいてしまう。

宏樹くんを合コンで見た時は、30を過ぎてもサークルのノリのようにゲームをはじめようとする男の人たちの中で落ち着いて見えた。女性ばかりの会社にいるからか途中から男の子特有の熱量についていけなくなってしまっていた私に、甘いものでも飲む? と声をかけてくれたところから話をするようになった。

29歳になって彼氏がいないことが負い目で、友達の結婚式のはがきが届いたり、子供ができたりといった話題がうらやましくてうらやましくてしかたがなかった。そんな中でいまだに自分が実家暮らしっていうのも、楽でいいじゃんって言われるけど、親は親で誰かいい人いないのかとかしょっちゅう言ってきて最近は気が休まらない。

正直、宏樹くんが好きかどうかよりも、宏樹くんの持ち合わせているもの自分の遺伝子が混ざったら、すごく良い子供ができたり、落ち着いた家庭を築けていくんだろうと感じたから、付き合い始めたのだった。

今日はじめて宏樹くんのマンションに来たときに、あぁ私仕事辞められるかもしれない、とまず思った。綺麗に片付けられ、無駄なものがない空間に、自分や子供が増えてもなんら問題がないように見えた。

−とりあえず寝てみたらいんじゃない?

−翠の煽りでたー!

−えーどうしよう、絵里葉どう思う?

−うーん、好きならいいんじゃない?結婚するには十分すぎるよねってこないだ言ってたじゃん。

−それはそうなんだけど。

−迷ってるならやめたら?

−それもそうなんだけど。

−とりあえず今日じゃなくてもいいよねって雰囲気になったらやめとけば? 今日じゃなきゃみたいな感じがしたら従えば?

−だね、うん、そうする。とりあえず一回新宿でパスタ食べに行く予定だし、雰囲気見て考える。

−だねだね。

−そうしなそうしな。

−美香子今スマホいじってて大丈夫なの?宏樹くんなにしてるの?

−キッチンで洗い物してる。

−手伝いなさいよ美香子!

−作るときも手伝おうかとか一応言ってみたんだけど断られたー

−美香子が料理できないふうに思われたのかな?笑

−ありえる!

−もー!できるってば!料理教室にも通ったのみんな知ってるじゃん!

−あぁ婚活のね!

−そうだよ婚活のためのだよ!

−開き直った!笑 でも美香子偉いよ。がんばってるよ、最近ずっとかわいくなったし。

−あたしもそう思ってるよ。とりあえず、片付けるの手伝おうか?って言ってみなよ。

−うん、おっけ。じゃあまたあとで何かあったらメッセする泣。

−ガンバ!

−ありがとう〜またね〜泣

宏樹くんのいるキッチンのほうを見ると、まだ洗い物を続けているのが見えた。ワインレッドのソファは何分座っていても私の皮膚に馴染みそうにない気がした。

「宏樹くん、片付けるの手伝うよ?」

立ち上がって小走りでキッチンに向かうと、宏樹くんは洗った食器をスチールラックに綺麗に並べて置いていて、ラックの手前と横には、角を合わせて畳んだ真っ白いふきんがある。

「そう? ごめんね。じゃあそこに置いた食器、拭いてくれるかな。そのふきん使っていいから」

あ、うん。と返事をして、手前のか横のか迷いながら私は手前のふきんを取って、ラックに同じ向きに並べられたお皿を丁寧にふいた。

ラックの下にはちゃんと水の受け皿がある。受け皿は水滴の跡や水道水の成分が固まってできる白い跡もなにもなく、綺麗だけど触ったら冷たい気がしてきた。

ラックがあるのに、なんでここに置いておかないで、ふきんで拭かなきゃいけないんだろう。置いておくだけでちゃんと乾くのに。そんなことを思った。

スプーンの丸いところを親指で撫でるようにふきんで拭いていると、キッチンの排水溝から、ゴロゴロと音が聞こえた。

「なんの音?」

「あ、これ? ディスポーザーだよ」

「ディスポーザー?」

「美香子ちゃん知らない?」

「うん、どんなの?」

「生ゴミとかを粉砕して排出するっていうものかな。わざわざ生ゴミを分けてゴミ出しの日まで置いておかなくてもいいし、環境にも優しくて一石二鳥だろ?」

「へー、やっぱり最近のマンションってすごいね」

「そう?お風呂の追い炊きと同じくらい普通だよ」

宏樹くんはそう言って優しく笑った。

私も、へへへ、と笑いながら、十分に拭いたはずのスプーンにふきんをこすりつけてまだゴシゴシとした。

私たちはきっと合わない。宏樹くんもなんとなくそんな感じがしているんじゃないだろうか。でもきっと私の条件は宏樹くんも悪くないと思って付き合っているのかもしれない。好きは好きだし、いいと思う、それはお互いに本当なんだと感じることもできる。年齢的にも結婚を考えているのも薄々分かる。もしかしたら結婚を考えているから付き合ってくれているのかもしれないと思う。

最後のグラスを拭き終えた私に宏樹君が、ふきんも洗っちゃうから貸して、と言うので渡して、横にあったふきんで濡れた手を拭いた。そっちも、と言う宏樹くんに私が手を拭いたふきんも渡した。宏樹くんはどこで手を拭くんだろうと思いながら、見ると、さっき音を立てた排水溝に綺麗な水が宏樹くんの両手を弾いて流れていく。

水はエコの蛇口なのか、少しの空気を含んでいて宏樹くんの手の甲に当たると泡のようになる。

ディスポーザーを通って生ゴミが無くなるように、私の不安とかザツなところも、ここにいるうちに見えないところで粉々になって流れていってくれるかもしれない、と思った。

「今日夜ごはん食べたらまたここに戻ってこようかな」

私がそう言うと、宏樹くんは、いいんじゃない、と嬉しくもなんともないような普通の口調で言った。

宏樹くんがふきんを絞って蛇口の下から手を引いた。私は、まっすぐに排水溝に吸い込まれていく綺麗な水だけを見ていたくなった。

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著者
柿沼まさみ
柿沼まさみ

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