2017/08/27

ローカル情報はお住いの町の図書館へ  豊島区編

暮 life
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こんにちは。暮らしっく不動産の徳留です。

学生の皆さんは夏休みも終盤かと思います。
小学生や中学生の頃は夏休みの宿題がありました。思い出すかぎりだと次のような宿題でしたでしょうか。

  • 各教科のドリルのようなもの
  • 習字
  • 自由研究
  • 読書感想文(国語)
  • 夏の思い出を絵にする(美術)

個人的にはこの読書感想文というものがなかなか厄介で、本を読み終えないと書くことができないという非常に工数のかかる作業でしたので比較的後ろ回しになりがちな宿題だったと記憶しています。
自由研究などは学校の図書館などから本を借りたりもして研究テーマを探していましたが、実は街の図書館のほうが資料の数も多かったのでネタの宝庫だった気がします。

ローカルな事を調べるには街の図書館へ

先日、豊島区役所に用事があったのでついでに豊島区立中央図書館へ行ってきました。
図書館に行くのなんて何年ぶりだろう。。。と考えていたのですが、おそらく最後に行ったのは大学生の時なので10数年ぶりです。ちなみに今回訪れた豊島区立中央図書館に入るのは初めてです。

最寄り駅は地下鉄有楽町線の東池袋駅です。
都電の東池袋4丁目の駅も近いです。

地域の資料がたくさんある

新書やCDやDVDやビジネス書から漫画まで置いてあるのですが、今回注目したいのは地域の情報が書いてある本です。その多くは区役所の編集委員会だったり有志達が作成したもの。全国的に出回るものではないので地域の図書館や郷土資料館などでしか見る機会がありません。


図書館にはその地域の資料が沢山置いてあります。
地域の資料はよほど歴史好きな人がまとめてホームページでも作らない限りまだまだネットではでてきません。
せっかく豊島区立中央図書館に来たので昔の豊島区の町並みや街づくり、人々の生活がどのようなものであったのか調べてみました。

明治後期から大正時代にかけての生活用品の流通  豊島区編

昭和52年に発行された豊島区民俗資料調査報告書を読んでみました。
この本は明治時代後期から昭和にかけての豊島区の人々の生活が記録されている本なのですが、現在の生活と比較するとなかなか興味深いです。

駒込地区においては米・味噌・醤油・酒・砂糖・塩などの食料品は、主として本郷吉祥寺付近の商店で買い求めた。酒・味噌・醤油・米などは商店から小僧が御用聞きに来て注文を取って配達し、その勘定はミソカバライ、あるいはツキズエカンジョウといって毎月月末に支払われた。

出典:豊島区民俗資料調査報告書  P74 Ⅳ交易 (4)生活用品の購入より

本郷吉祥寺というのは文京区にあるお寺のことだと思われます。
今は大きな商店はなく閑静な住宅街とお寺がある落ち着いた町並みです。
ですが明治後期から大正時代の人々にとっては買い物をする場所だったようですね。
小僧さんが注文を取りに来て支払いは月末というあたりは、今はネットがその役割を果たしてます。まとめて払うという意味ではカード決済の感覚と似ているかも。

巣鴨・西巣鴨地区においては、昔から中山道沿いに商店があり、また、板橋宿は明治時代末期まで遊郭が6軒もあるほどの大きな宿場町で商店も多かったので、たいていの生活用品はこれらのところへ買いに行けば間に合った。この地区の家では、酒は巣鴨駅付近の酒屋から、その他のものは板橋宿のヨロズヤへ行って買い求めた。

出典:豊島区民俗資料調査報告書  P74 Ⅳ交易 (4)生活用品の購入より

"中山道沿いに商店があり"と書いていますが、今の中山道(国道17号線)がこのあたりにできあがるのは昭和3年ごろという記述を古い地図で見つけたので、今でいうところの旧中山道を指していると思われます。
巣鴨・西巣鴨地区の旧中山道って言ったら、おばあちゃんの原宿である巣鴨の地蔵通り商店街のことですね。

今では高層のマンションが立ち並ぶ国道17号も大正時代は茶畑と大根があるような畑だったようです。
参考資料:豊島区民俗資料調査報告書  旧中山道庚申塚の図(大正9年ごろ)1986年に作図されたもの

今ではこのあたりの人が大きな買い物をする時には池袋に行くのですが、池袋駅が開設されるのは1903年(明治36年)ということなので、今のような副都心としての機能ができるのはまだずーっと後の話です。
この頃は宿場町であった板橋のほうが繁華街のようですね。
今の板橋駅は焼肉屋さんの激戦地という個人的な印象がちょっと覆りました。

明治期の池袋駅
出典:wikipedia 池袋駅 国書刊行会「目でみる懐かしの停車場」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E8%A2%8B%E9%A7%85

高級品を購入する時は日本橋や銀座まで出かけていった。
上池袋地区では味噌・醤油・茶などは自家製のものを用い、油・マントル・酒などは週に一度ぐらい板橋まで出かけて購入した。

出典:豊島区民俗資料調査報告書  P75 Ⅳ交易 (4)生活用品の購入より

高級品を買いに行くのが日本橋・銀座というのは今とまったく変わってませんね。
ブランド力すごいです。

目白・雑司が谷地区では、目白通り沿いに明治初期からヨロヅヤ・漬物屋・呉服屋などがあり、日用品はそこから購入したが、高級品などを購入する時は牛込水道町まで出かけて行った。

出典:豊島区民俗資料調査報告書  P75 Ⅳ交易 (4)生活用品の購入より

牛込水道町とは今でいう新宿区水道町です。wikipediaによれば1911年に町名変更があったとのこと。
今では住宅街と高層ビルと製本系の会社のあるイメージしかありません。

長崎・南長崎地区では主として牛込水道町付近まで出かけて品物を購入した。この地区では大正中頃になると目白通りの商店から御用聞きに来たり、リヤカーに品物を積んで出張販売に来るようになった。また大正13年に武蔵野鉄道の椎名町駅が開設されると、駅周辺に商店ができたので、そこへ買い物に行くようになった。

出典:豊島区民俗資料調査報告書  P75 Ⅳ交易 (4)生活用品の購入より

武蔵野鉄道とは今の西武池袋線のことです。
現代でもそうですが駅ができると町の作られ方が大きく変わりますね。
町の発達は鉄道の発達と大きく関係しています。
鉄道会社も不動産事業を行ったりしますが歴史的な意味合いを考えると当然とも言えます。

国土地理院の地図情報も使うとわかりやすい

出典:国土地理院 地理院地図土地利用分類 明治期 第一期

出典:国土地理院 地理院地図土地利用分類 明治期 第一期  凡例

上記のmapは国土地理院のmapで土地がその当時どのような利用のされ方をしていたのかを落とし込んだmapです。
図書館ではローカル情報を調べて、全体の構成図はネットで調べるというやり方も知りたい情報にアクセスするためには非常に有効です。
真ん中のカーソルは今の池袋駅のあたりにあります。
明治期にして今の山手線の内側は"建物用地"、"その他の用地"がほとんどを占めており、山手線の外周は"畑"、"田"だったことがわかります。
人口の増加に伴い、畑や田んぼを宅地化せざるをえない状況になっていったものと予想されます。

ネットでわからないことは図書館へ

インターネットは巨大な図書館のようなものですが、やはり地域情報という意味ではまだまだデータ化されていないものも多い事を感じました。
発行部数も少ないローカルな書籍(今回参考にした書籍は貸出ができない資料でした)はその地域の図書館にしか置いていないことも多いようです。
地元のことや地域のことを知りたいなぁと思ったらこのWEBな世の中だからこそ図書館へ!

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著者
徳留康矩
徳留康矩

2015年秋より暮らしっく不動産のメンバーとして参加。 戸建住宅営業、IT屋、工事現場職人をしてきており異色の経歴の持ち主でもある。 そのかたわら、音楽制作も行っており2015年には自主制作アルバムを配信した。

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