2016/06/01

「ホームルームレジデンス」

暮 life
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「ホームルームレジデンス」

自宅のマンションのロビーに置かれた応接セットのソファは、本物の革だろうか、と撫でながら思う。
まだ初対面から数分なのに、既に目の前の高橋勇次という子に飽きてきていた。
隣に座っている部下の東海林は、あまり緊張しなくていいから、気を遣い、東海林を呼んでおいて正解だったな、と思う。

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大学を卒業して5年で起業した。
新卒で入社した大手の会社は、人材斡旋事業、アウトソーシング、アルバイトサイトの運営、販促物の製造、コンサルティング、住宅に関わる賃貸売買リフォームサービス、賃貸住宅保証人代行、結婚・教育・進学サービスなど、数えきれないグループ会社があり、俺はコンサルティングへ入社していた。
そこは、踏み台という表現が美化されるくらいに独立を考えている人が多く、ずっとこの会社で働いて骨を埋めるなんて考えている人は稀だった。

 入社して1ヵ月はOJTだったが、2週目には営業を一人でまわされ、もちろんそれに付随する資料の作成からプレゼンまで自分でやった。
一人立ちさせるのが目的なんだろうと思っていたけれど、今思えば先輩たちも自分の起業のための時間を優先させたかったのだと分かる。

3年くらいかけて人脈を作り、全く畑違いの会社を立ち上げた。
スマホゲームに特化した事業で、デザイナーもゲームのシナリオライターもすぐに見つかった。
在宅や外出しての仕事はもちろんOKにし、基本的に作りたいものを作らせることができている。
逆に言えば自分が指揮をとるよりもまわりが優秀なのだ。

まさか自分でもこんなに早く波に乗るとは思っていなかったが、時代なんだろう、アイテムをリリースするたびに面白いくらい課金された。
1回ソフトを売って終わりじゃない、アイディア次第でいくらでもひとつのゲームを広げることができる。


ゲームのCMも当たったのがよかった。大きな懸けだったが、CMで、みんなが楽しんでいるように見えても実は心の中じゃ周りに合わせている、なんとなく先が見えていてそれを受け入れていてそんな自分の面白くなさを自覚している、だからとりあえずスマホでゲームする。
日常の中にあるじんわりとした不安や不満をゲームをして忘れることができる、中高生だけでなく若いサラリーマンや独身にも響いたのがよかった。

 目の前の高橋は、まるで面接を受けにきたかのように、失礼しますと言ってソファに座りなおした。

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 「本日はお仕事後にわざわざお時間をいただきまして、ありがとうございます」

 頭を下げた高橋の、ワックスで固められた前髪の先を見る。あーあ無理しちゃって、と内心ツッコむ。


 「いやいや、こちらこそごめんね。ざわざわしてるのもどうかと思って、社長のマンションのロビーまで来てもらって」

 東海林は向いのコンビニで買っていた缶コーヒーを高橋の前に置いた。

 「ここ社長さんのマンションだったんですか。さすがすごいですね、立派ですね」

 「いや、ビル持ってるって意味じゃないよ、ただの賃貸の住民なだけだから、立派なわけじゃないですよ。高橋くんも大学とか就活とか終わって来てくれると思って、変にお店で会うよりもここのほうがサクッと終われていいかと思ってさ」

俺がそう返すと「いやいやいやいや」と大げさにそんなことないです立派ですと言う高橋に、東海林は「ではそろそろはじめましょうか」と冷静に言った。

最初にOB訪問の連絡をもらった時、断ろうと思った。あいさつ文の、例文を貼りつけただけのメールにも好感が持てなかったし、お時間を合わせますと言っていたくせに、この日は他社のOG訪問がとか説明会がというやりとりが2回続いたのも印象が良くなかった。
それでも受けたのは、東海林が2年前の自分を思い出すと言ってしみじみしていたのと、ちょうどひと回り年下の今の大学生がどんなものなのか見てみたかったからだ。

興味を持ったのも束の間、初対面からリクルートスーツと、学校に指導されたような髪型、無理のある言葉遣いに、ただ正面に座るだけでこちらが疲れてしまいそうだった。進路指導のホームルームじゃあるまいし。

 「じゃあ、そうだな、どうしてまず僕に連絡をくれたのか教えてくれる?」

 俺が言うと、高橋は、はいっ、と声をあげて話した。

「御社はまだ若い会社と伺っておりますが、自学科の先輩であり、大手に入社しながら独立をしているという経歴に興味を持ちました。また、とても人気のあるスマホコンテンツを手掛けていることと、風通しの良い社風に共感し、是非お話しを伺いたいと思いました」

「へぇ、そうなんだ。ありがとね、腐るほど会社あるのに。ちなみに他にはどんな先輩に声をかけてるの? いろいろOB訪問やってるんでしょ?」

 俺の言葉に高橋が少し間を置く。他の会社についての活動を言って印象が悪くならないか気にしているのが手にとるように分かった。

 「面接じゃないんだから、気楽に自分のこと話してくれていいんだよ」

東海林が俺の気持ちを読み取ったのか高橋に優しく言った。俺は、こんなふうに印象ばかり気にする社員はいらない、といつも言っている。

「はい、ありがとうございます。信託銀行さんとか、公務員の先輩にお話しを伺う予定です」

そうなんだ真面目そうだもんね、と東海林が微笑む。俺は、全然方向性ちがうじゃねーか、とまた心の中でツッコむ。

「だけど高橋くん、公務員も考えているみたいだけど、ゲームには興味あるの?」


「はい、あります。僕、あ、わたくしは」

「全然普通にしてくれてていいから、僕でいいよ」

そう言う東海林に、ほんとですか、と高橋が力がすっと抜けたように饒舌になりはじめる。
あぁ気が抜けたな、と思う。

「バトル系のゲームあるじゃないっすか。僕あれすっごい好きで。結構課金しちゃってるんですけどなかなかレアキャラでなくて」

俺は、急に自分だしてきた、と差にちょっとびっくりし、課金はそういうふうにできてるからねーと心の中で言う。

「勉強系のゲームもいいっすよね。あれなら親も許すと思うし」

「最近増えてきてますね」

東海林が冷静に言う。ちょうど先週2社からコラボを持掛けられたのがこの手のゲームだった。

「課金しても損しない感じがいいっす」

損するんだなこれが、と俺の顔をみた東海林に口角を上げて見せた。

「うちもね、そういうのいいなと思ったのは確か。でも、作らない。どうしてか分かる?」

 東海林に高橋は、いえ、と急に声を小さくさせる。

「たしかにはじめは良いかもしれない。でもきっと数日だけだよ。
ちゃんと英単語を知りたいと思う子は、バトルやキャラクター合成の画面の時間を飛ばしたくなるし、バトルとして遊びたい子は、単語の画面はいらない。
他のバトル重視のゲームに流れていく。親も言い方によっては課金に納得するかもしれないけど、2か月続けば疑問に思う。
自分でお金払ってる子なら成績が上がるわけじゃないことに気づくし、つまんなくなる。
そうすると最終的には離れていく」

俺がそう話すと、高橋は納得していない表情で、そうっすかぁ、と言った。だから常にアイディアを模索していかないといけない、というところまで考え付くだろうかこの子は、と見つめた。

「高橋くんは、ゲーム以外に趣味とか特技とか自慢できることある?」

じまん...と高橋が腕を組む。

「自慢っていうと言い方悪く聞こえるかもしれないけど、そうだな、自信のあることとかあれば、何か就活の仕方にアドバイスできるかもしれないから教えてよ」

 

東海林は両膝に腕を置き、前かがみになって高橋に聞く姿勢を示した。こういう余裕のある気遣いのできるところを俺は買ったのだと思いだした。

 

「人脈、っすかね」

 

ほう、と俺は思わず声を出す。興味を持たれたと思った高橋は早口になって言う。

「僕SNSとか出来てすぐくらいからはじめてて、中1くらいっすかね。そこで、ゲームとか趣味とかで繋がって。とにかく友達は多いっす」

 

へぇ、という俺に、高橋は調子をよくしたのか話し続けた。

「なんかオフ会とかイベントとかやるじゃないっすか、会場貸し切れるくらいは集まりますよ、150人とか。ぶっちゃけカワイイ女の子ほしいみたいな話あってもすぐつかまりますし、紹介できるんですよね。そういう人との繋がりが多いところ自慢ですね」

 

ですね、と何かのインタビューのようにドヤ顔で言う高橋に、東海林はほほえんで、それはすごいね、と言った。

「その繋がっているお友達たちとこれから高橋君らしい何かをやってみるとかは考えてないの?」

「俺らしさですか。うーん、なんですかねぇ。なんでしょうかねぇ。ちょっと特には今は思い出せないっす。とりあえず就活終わらせるっていうので今動いてて」

そうなんだ、そうだよね大変だもんね、と東海林が優しく返した。

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ガ―とエントランスの自動ドアが開く音がし、目をやるといかにもマンション購入者の中年女性が入ってきた。
入ってすぐ俺たちを見て、そのままやってきたエレベータに乗った。いくらロビーを自由に使えるとはいえ、賃貸の若い者がいつまでも占領してるのもどうかと思い、そろそろ時間かな、30分たったかな、と高橋に言った。

 

なにかもっと聞いておきたいことはあるかな、と東海林が優しく言うと、高橋は、こんなマンション生活マジで憧れるんで御社受けます、と言った。

俺と東海林は、がんばって待ってるよ、と言って、高橋をマンションの外に見送った。

「あれ、ないですね」

東海林が苦笑いしながら隣で言う。

「おまえあんなに優しく接しといて」

俺が笑うと、あれは絶対いらないです、と東海林も笑った。

「最後の、マンションに憧れっていうのは素直でかわいかったけど、あの子が憧れてるのはモノであって、俺たちのやってるコトではなさそうだね」

「そんなの会ってすぐ分かるじゃないですか、熱が違いすぎますよ、僕らと」


「熱ねぇ。そういうことだな。なんだか進路指導みたいで先生にでもなった気分だったよ。おもしろかったけど。東海林、まだ十分に電車あるし、うちでちょっと飲んでく?」

「あ、じゃあお邪魔します。いいですね、こういうマンションだと。すぐ上が家だと思うと気が楽だし、話し相手も冷静に見れるもんですね」

「OB訪問してあの子は何が分かったんだろうなぁ」

「とりあえず、こういうマンションに住めるってことは分かったんじゃないですか。まぁ社長だけですけどね」

「マンションに住むために仕事してるんじゃないんだけどなぁ」

「まぁまぁ。もういいじゃないですか、それより、家ならゆっくりできるし話せますし、あれやりましょうよ、まだ社長ちゃんとやってないでしょう、こないだリリースしたゲーム」

 「えー、やんの? 東海林ほんとに仕事熱心だなぁ」

 「いいことじゃないですかー。あの子もこんなふうに何かに夢中になれるといいんですけどね、このマンションに住みたいとかでも全然僕はいいと思いますけど」

そう言うと、東海林はジャケットを脱いで手にぶら下げた。あの子が、もっともっといろんなものにぶつかればいいと思った。あの子が、自分が本当にやりたいことにいつか気が付いたらいいと思った。学校がどうとか、就活だからこうとか、そんなくだらないことじゃなくて、もっとおもしろくなれと言ってやればよかったか。

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エレベータがポンと鳴ってドアが開くと、女の子がバッと飛び出してきた。
おっ、と言いながら俺が避けると、女の子は一度立ち止まりすみませんとお辞儀をした。上げた顔が泣いているようで、声をかけようとしたらそのままエントランスを出て行ってしまった。

高橋と同じくらいの年齢の女の子に見えた。きっと女の子のほうがもっと深刻に悩むことがあるんだろうな、と思いながら、東海林とエレベーターに乗り込んだ。

すぅっと上がっていくエレベーターの中で、なんとなく、俺はここにいて間違いじゃないんだ、と思えた。

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著者
柿沼まさみ
柿沼まさみ

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