2017/05/06

鹿児島県内で楽しむ西郷隆盛関連スポット

暮 life
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こんにちは。暮らしっく不動産の徳留です。

連休を利用して実家のある鹿児島県へ行ってきました。
2018年の大河ドラマは西郷隆盛を主人公にしたドラマになるということで、西郷さん関連で観光スポットになりそうな場所をいくつか回ってきました。鹿児島に住んでいる人からすると当たり前の観光スポットすぎてあまり行くことがないようですが、県外の人間からするととても新鮮にうつりますね。
東京人が東京タワーに行かないのと感覚は似ているかもしれません。

"えっ?西郷さんって誰?四角い顔の人?"

と知人に言われたのですが、そこからわからないという人はwikipediaで調べてみましょう
一言で言えば幕末から明治初期に活躍した人です。


西郷隆盛
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%83%B7%E9%9A%86%E7%9B%9B

西郷隆盛の銅像

鹿児島に行くと、たくさんの西郷さん関連の史跡やお土産を目にすることができます。
その量からいってもどれだけ県人に愛されているかがよくわかります。
色々な史跡がある中で一番の象徴と言われるのが"西郷隆盛像"といえます。

上野の西郷隆盛像

まずは東京の人にも馴染みのある西郷隆盛像。
こちらは高村光雲作で1898年に除幕されたもの。
こちらは着物姿の西郷隆盛です。犬を連れていますが、西郷さんが飼っていた"ツン"と呼ばれる犬です。
ちなみにこの除幕式には西郷隆盛の奥さんである西郷糸子さんも出席したようですが、

「うちの主人はこんな人ではありません」

と言ったそうで、"顔が似ていない"という説と"人前で着流し一枚で出てくるような人じゃない"という意味の二説あるようです。

〒110-0007 東京都台東区上野公園5−20

鹿児島市内の西郷隆盛像

話は戻って、こちらは鹿児島の西郷隆盛像。
上野の着物姿の西郷さんと比べるとこちらは軍服姿です。
1937年に安藤照によって制作された銅像です。
鹿児島中央駅から約2.1kmほどの距離にあります。鹿児島県のパンフレットや鹿児島を象徴するものとして必ずといっていいほど取り上げられる銅像です。

上野にせよ鹿児島市の銅像にせよ体格の大きな人だったと想像されます。
体格を調べてみるとwikipediaには下記の記述がありました。

  • 身長:五尺九寸八分(181.194cm)
  • 体重:二十九貫(108.75kg)
  • 鹿児島の美術館に陳列してあった遺品の陸軍大将大礼服を、鹿児島に巡業に来た東西両横綱が試しに着てみたが、少しだぶつく大形で、特に肩幅が広く、首も大きく、カラーも十九半形を用いていたという。
  • 喫煙者であるが、酒は弱く下戸であった。

引用:wikipedia 西郷隆盛
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%83%B7%E9%9A%86%E7%9B%9B

当時の軍服などからサイズを推定したようなのですが、非常に大きな体格であったことがわかります。
色々な歴史ドラマで西郷隆盛を演じた役者さんがいらっしゃいましたが、個人的には西田敏行さんが演じた西郷さんが見た目的に一番近かったと思っています。2018年の大河はどうなるか楽しみ。

〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山4−36

西郷洞窟

西南戦争終盤になりますが、西郷軍が篭っていた洞窟が城山に残っています。
洞窟といっても"ほらあな"と言ったほうが正しいかもしれませんが、本当に小さな洞窟です。
大人がぎゅうぎゅうに入って10人程度といったところでしょうか。

洞窟の周りは今でこそアスファルトの道路やお土産屋さんがありますが、当時は何もない山道であったと考えられます。

柵の内側には入れないのでズームして撮影してみました。
初めて訪れた時はどれほど深い洞窟だろうと思っていたのですが、中の広さは写真で見える程度。


けっこう狭い。
追い詰められた西郷軍は自害するまでの数日を城山のこの洞窟で過ごしたと言われています。

森感がすごいです。
こんな山の中を武器を持って駆け回るとか無理です。

洞窟の横には撮影スポットがあり。西郷隆盛の銅像と写真を撮ることができます。
これはぼくが小学生の頃にはなかった銅像だったと記憶しています。

〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山町19

西郷隆盛終焉の地

西郷洞窟から出てきた西郷さんはしばらく山を下っている時に流れ弾にあたり、自害をしたと言い伝えられています。
その終焉の地です。

案内板がありました。
やけに汚れていますが、この日は桜島からの火山灰が多く、火山灰で汚れています。
googleで見てみると西郷洞窟から600m、徒歩9分となっていました。
銃弾の飛び交う中歩いているので9分じゃ降りてこれないと思いますが、自決を覚悟しての下山だったのではないかと個人的に予想しています。大河ドラマだと一番の見せ場になるところですね。

〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山町12

西南戦争の銃弾の跡

西南戦争の激しさを物語る銃弾の跡も残っています。
こんなところにボケっと突っ立てっていたら間違いなく蜂の巣にされてしまうでしょう。
石垣に無数の弾丸跡が残っています。玉は飛んでくるは刀持った人は襲ってくるはと想像すると恐ろしいです。
逃げられる気も立ち向かう勇気もありません。この石垣も白っぽく写っていますが、こちらも火山灰の影響です。
この撮影日は噴煙が4,000mまで立ち上った日ということもあり、砂まみれになりながら撮影してきました。

この銃弾跡は城山に登る入り口で見ることができます。

〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山町8

坂本龍馬の新婚旅行の地

日本で最初に新婚旅行をしたのは坂本龍馬とその奥さんである楢崎龍さんだと言われています。
そんな二人が旅行をしたのは鹿児島県霧島市にある霧島温泉なのだそう。こちらの地に18泊したと言われています。
18泊の新婚旅行いいですね。現代で普通に考えたら18日も休みくれません。

ここの場所がどうして西郷隆盛と関係があるかというと寺田屋事件で負傷した坂本龍馬に、西郷隆盛がオススメした場所なのだそうです。

鴨が泳いで苔を食べていました。
お尻がかわいい。

新緑の季節ということもあって清々しい景色でした。
一ヶ月ぐらいダラダラ過ごしたい。

〒899-6507 鹿児島県霧島市牧園町宿窪田3606

こちらの温泉ですが、鹿児島市内からは近くないのですが、鹿児島空港からは近いです。
タクシーで15分ぐらい(3,000円ぐらい)で行けるうえに近くに沢山日帰りの湯などもあるのでオススメです。
空港までの帰りがけに寄るのもいいですね。

西郷さんの名前がついた商品がたくさんあります

県内のお土産屋さんなら大概どこでも売っています。
ベタすぎるお土産ですが西郷せんべい。甘いおせんべいです。

SAIGOと呼ばれるビアテイスト飲料。
基本ビール味ですが、ほのかに果汁の味がしました

裏面の表示を見てみると、タンカンの果汁が入っていることが判明。
タンカンとは鹿児島でよくとれるミカンの仲間です。

この他にも、焼酎、お漬物、Tシャツetcとたくさん"西郷さんの〜"と呼ばれる商品が存在しています。
西郷さんがどれだけ県民から愛されているかがよくわかる。

おすすめルート

鹿児島中央駅でレンタカーを借りて鹿児島空港で乗り捨てるプランで想定してみました。
googleで見たところ55.8kmの移動距離とのこと。


鹿児島中央駅

城山展望台

西郷洞窟

西郷隆盛終焉の地

私学校跡(銃弾の跡)

西郷隆盛像

坂本龍馬新婚旅行の地

鹿児島空港

ちょうどいいドライブコースといったところでしょうか。
観光して回った最終日に手配しておくといいかもしれません。

さいごに

城山展望台より桜島を眺める。
火山灰がすごすぎて何も見えませんでした。

なんとなく硫黄の匂いが立ち込め、口の中はじゃりじゃりし、髪の毛はギシギシします。
砂が空から降ってきていると考えてもらえれば想像がつくかもしれません。

本当だったら、ここのスポットは桜島と錦江湾を眺められる一大スポットです。

たった半日ぐらいでこれぐらい灰が積もるのです。
ですが、鹿児島市内の人は慣れているので特に驚く様子もなく。。。
驚いているのは県外の人のみといったところでした(笑)

ところで、西郷隆盛の盟友である大久保利通ですが、彼の名前は今でも鹿児島県では西郷隆盛から比べると人気が低い用に感じています。
それは歴史を順番に紐解いていくとわかるのですが、武士としてのプライドを保った西郷隆盛と近代国家を目指した大久保利通というところで民衆からの支持が異なっているようです。
どちらも自分の信念を貫いたまでというのが本当のところだと思うのですが。
ここからさきは歴史の授業になってしまうので今回は割愛します。

興味のある人は調べてみるといいかもしれません。"己の正義"、現代においても問われるテーマですね。

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著者
徳留康矩
徳留康矩

2015年秋より暮らしっく不動産のメンバーとして参加。 戸建住宅営業、IT屋、工事現場職人をしてきており異色の経歴の持ち主でもある。 そのかたわら、音楽制作も行っており2015年には自主制作アルバムを配信した。

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