「ゆみかさ、マイコと一緒のサークル入ったの?」

演習の授業が終わると愛未が待っていたように言いだし、私は、うん、と返事をした。

よいしょっと、とトートバッグとテニスバッグを引き寄せると、同じ列の椅子全部が少し揺れてそうで申し訳なくなる。

「テニサーかぁ」

愛未が自分のリュックをよけてスペースをあけてくれる。

「なんで? だめ?」

「だって、ゆみかの入ったテニサーってインカレのキューイってとこでしょ?」

「うん、そうそう、よく知ってるね。愛未も入ってくれたらよかったのに」

「あたしはテニサーとか無理だもん。合宿とかめんどいし。週2で落語やってるほうが楽しいし」

「え? 落語」

「うん、うちの大学に落研あったんだよ、珍しくない?」

愛未は嬉しそうにスマホから落研の新歓の画像をタップした。
画面には、教室内で落語をしている画像があった。
机を並べて布と座布団を敷いているように見えるも、めくり台も金屏風もあって本格的だった。

「あれ、これ愛未? なんかすでに落語できる人みたい」

「すごいよね。これ台は机なんだけど、毛氈とかひくだけで本格的じゃない? 新歓が教室だったんだけど、行ってみたらすぐセッティングされてて、着物も着せてくれて座らせてくれてさ、ここで寄席をやるんだよって」

愛未は嬉しそうに何枚か写真をスライドして見せてくれた。

「新歓学内とか珍しくない?」

「うん、でも未成年でお酒っていうのもちょっと抵抗あったし。まじめかって言われそうだけど、別に居酒屋とか行かなくても地味でも楽しそうだなって思って」

たしかに、と画面を見ながら思った。

「プロの落語家さんが指導に来てくれるのが決め手だったんだよね。もう名前も決めてもらっちゃった」

「名前?」

「うん、城家亭狂華」

「じょうかていきょうか! なんか強そうだけど華が入っててかわいいね」

「なんか落語やりながら狂いそうって言われて、狂うことになった」

「狂うとか!じゃあ寄席やるようになったら見に行こうかな」

「うん、来て来て、ゆみかハマると思うよ落語。学園祭で寄席に出れるように稽古してもらうんだ」

「そうなんだぁ。私は学園祭のときはなにやるんだろ、ホットドッグとか売ってそう」

「テニサー系食べ物多いよねー。ゆみかのサークルってさ、結構遊ぶ系のテニサーって聞いたよ先輩から。ゆみか大丈夫かなって、こないだ礼奈ちゃんともちょっと話したんだよね。礼奈ちゃんも地方組じゃん? 急に派手なとこ行けないなって話してて」

「うーん、なんか新歓でその場の雰囲気に飲まれた感じはあるね」

あーあー、と愛未が心配そうな顔をする。

だったらさ、と愛未が言ったところで、教室のドアから、ゆみかーと声がした。
見ると、マイコがはやく移動するよー練習いこー、と手を振っていた。

いってらっしゃい、という愛未に、またね、と声をかけて、テニスバッグとトートバッグを持って立つと、思っていたよりも重く感じた。

「もーゆみか今日練習でテニスコート行くんだから愛未とおしゃべりしてないで早く来てよー怒るよー」

言うほど怒ってもいない顔でマイコが私の腕をひいた。

「ごめんごめん。キューイに入ったんだねって話をされてね。派手じゃない?って」

「なにそれウケるー。全然派手じゃないし普通でしょー。ってかそれは愛未が地味すぎでしょ」

そう言って、キャッキャと笑いながら階段を降りた。

「ってか、2女さん3女さんの先輩たちより先についてないと印象悪いじゃん、早めに行こ」

ごめん、と言いながら、マイコのこういうきちっとしたところはすごいなぁといつも思う。

裏門を出て15分ほど歩いたところにテニスコートがある。授業で使っているもので、夕方は空いているので部活動やサークルに貸し出されているところだった。

私たちのサークルはインカレで学内の正規部活動ではないので、授業でも部活動でも使わない曜日の時間帯のみ利用することができると先輩が教えてくれた。
着くとすでに2女の先輩がラリーをしていて、ボールを緩やかに打ちながら夏休みに入ったらセールで買いたい服の話をしていた。

「あー1女ちゃんたち、おはよー」

もう夕方なのに、と思う私の隣でマイコがコートに駆け寄り、おつかれさまですーと言った。私も、ぺこりとお辞儀をした。

着替えておいでよーという先輩に、私はバッグを肩にかけ直してマイコのあとについていった。
区民プールの脱衣所のようなロッカーのよこにシャワーが2つついている。

「これさーシャワー授業時間じゃないと使えないらしーよ」

マイコがフレアスカートをまくりあげてジャージのショーパンを履く。

「え、そうなの? 夏のサークル練習のあととか使えると思ってた」

「うん、なんか慶太先輩が言ってた」

ん? と私が言うと、ん? とマイコがニヤニヤした顔をした。私は、TシャツからTシャツへ着替えた。

「慶太先輩?」

「もしかしてゆみか覚えてないとか!?」

「全然覚えてない...2年? 3年?」

「3年の杉原先輩だよ!」

マイコはオフショルダーのトップスを脱いで、下着までスポーツ用のものに着替えた。

「ブラも替えるんだ」

「うん。だって汗かくし動きにくいじゃん」

「帰ってすぐシャワーあびれば変わらないと思うんよね」

「だめだめゆみかその考え。だってサークル練習おわってすぐ帰るわけじゃないじゃん」

着替え終わって、ロッカーにトートバッグを押し込む。マイコからもらったトートバッグなのに、マイコはすっかり忘れているようにバッグを話題にも出さない。

「だってテニスするじゃん?」

「するね」

「そのあと飲みにいくじゃん?」

「あ、そうなるのかね」

「当然っしょ。で、そのあと何があるか分からないでしょ?」

「帰るよね」

「もー、さすがに当分はそうかもしれないけど! 夏になったりしたら違うかもしれないじゃん」

「ん?」

「だから、飲みすぎて電車がなくなってどこか泊まることになるかもしれないし、練習後に花火大会やるかもしれないし、バーベキューやるかもしれないし、ビアガーデンとか行くかもしれないっしょ!」

「んんん?」

「もしかして、ゆみかそういうの楽しみじゃないの?」

「んんんん? そういうとこ?」

私が言うと、えー、とマイコがわざとらしくびっくりした声をだした。

「そういうのがサークルとか夏の醍醐味じゃん。その楽しみのためにサークル入ってるようなもんじゃん」

そうなのかぁ、と私が小声で言うと、大丈夫大丈夫楽しいから一緒に色々やろ? と書かれた顔でマイコが私を見つめた。

私が、うん、と弱々しく頷くと、マイコは満足そうに、コート行こ!とロッカーをガチャンと閉めた。

コートにでると、先輩が練習相手をしてくれるというので、よろしくお願いします、と気合いを入れて立つと、手の振り方はこうね〜、と身体をくねらせてみせ、打ち方はこうね〜、と腕を前へ伸ばして見せ、あと追いつくボールには適当に走る〜、と先輩が優しく言った。

マイコは隣でさっそくに、はぁい、と先輩の真似をして腕を伸ばしている。私も、返事をしながら先輩が手で投げるボールをネット越しに打つ練習をした。

「こんな感じで楽しくゆるくやってるから緊張しないで〜」

コート外の先輩がポニーテールを結び直しながら笑って声をかけてくれた。
マイコはずっと、はぁ〜い、と言って、遅すぎるボールを上に打ち、私は先輩とゆるいラリーをただ繰り返した。

楽しいね〜、と汗を拭くのか前髪を直すのか分からない手つきをして言うマイコに、私は、もしかして毎回こんな感じなんだろうか、と不安になりながら、だねぇ、と笑顔を返した。

先輩が、ケータ来たー、と言い、マイコがおつかれさまでーす、と声を高く出したときに、なんだか分からないけど急に嫌な予感がした。