2017/09/10

板橋区にある"板橋" 住む場所を考える

暮 life
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こんにちは。暮らしっく不動産の徳留です。

最近、何かと板橋区に行くことが多いのですが、先日の休みを利用して旧中山道を少しだけ散歩してきました。
今回の目的地は板橋宿。日本橋から京都まで繋がる街道のうち、日本橋から歩くと一番最初の宿場町です。

中山道とは?

中山道(なかせんどう)は、江戸時代の五街道の一つで、江戸の日本橋と京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道である。「中仙道」、「仲仙道」とも表記するほか、「木曾街道」や「木曽路」の異称も有した。

出典:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E9%81%93

街道は歴史が苦手な方のために書いておくと飛行機や車や新幹線のなかった時代に主要な街道として馬や人が行き来していた道です。

板橋宿とは?

江戸時代には武蔵国豊島郡下板橋村の一部で、東海道の品川宿、甲州街道の内藤新宿、奥州街道・日光街道の千住宿とならび、江戸四宿の一つとして栄えた。 江戸の境界にあたり、江戸後期には上宿の入り口にある大木戸より内側をもって「江戸御府内」「朱引き」、すなわち、「江戸」として扱われていた。 

板橋宿はそれぞれに名主が置かれた3つの宿場の総称であり、上方側(京側、北の方)から上宿(かみ-しゅく。現在の本町)、仲宿(なか-しゅく、なか-じゅく、中宿とも。現在の仲宿)、平尾宿(ひらお-しゅく。下宿〈しも-しゅく〉とも称。現在の板橋)があった。 上宿と仲宿の境目は地名の由来となった「板橋」が架かる石神井川であり、仲宿と平尾宿の境目は観明寺付近にあった。

出典:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E6%A9%8B%E5%AE%BF

wikipediaによれば現在の板橋付近、仲宿、その先の本町のあたりの3つのエリアを合わせて板橋宿としていたようです。
今回の目的地は板橋宿の中にある、板橋の名前の由来となった"板橋"を目指しました。
現在の地図でいうと板橋区本町29-11になります。

今回はJRの板橋駅を出発地とし"板橋"を目指します。

板橋駅

どういうわけか、板橋駅の写真がなかったので過去に撮影したものを使っています。
現在の板橋駅の周りには焼肉屋さんが多いです。

孤独のグルメにも登場したホルモン焼きの山源さんも板橋駅のすぐ近くです。
煙がすごいのですが、味は美味しいですよ。いつも混んでます。

また、不動産屋さんも沢山ありました。
見渡せる範囲で4件とか5件とかそんなレベル。見ているデータベースは基本的に同じなので、そんなにいらないと思う。。。

個人的なおすすめは以前にもご紹介した"魚がし寿司"さん。
コスパがよく夜遅くまでやっているので、飲んだ後の締めでお寿司食べたいなぁと思う時に行ったりします。

このあたりの板橋駅周辺というのは旧中山道沿いとはいえ、宿場町のはずれですから、JR板橋駅ができてから発展していった街だと考えられます。

平尾宿

wikipediaの記述が正しいとするならば、板橋宿のはじまりは、この平尾宿から西側ということになります。

板橋駅方面から歩いた場合、現在の中山道(上には首都高が走っている)を横断してすぐのところです。
現在の鉄道の駅でいうと都営三田線の板橋区役所前駅か新板橋駅の間ぐらいの距離にあります。

不動産のお話も少し書いておきます。

参考:googlemap


9Fや10Fのような背の高い建物は基本的に大通り沿いに建っています。
(大通り沿いではない内側には背の高い建物は用途地域的に難しいことが多い。)
宅配BOX、エレベーター、24時間常時ゴミ出し可能のような設備が整っているマンションは比較的大通り沿いに建っています。
これだけの設備が整っていて、他のエリアと比べると少し安いかも?
なんて思ったりもするのがこのへんのエリアの物件の特徴。
このあたりのマンションの上階というのは窓の目の前が首都高という理由で少しだけ安かったりします。
値段にひかれて内見に行くと、音と排気ガスによる洗濯物がね。。。という理由で最後まで残らないこともよくあるエリアです。

  • 昼間は家にいない
  • 寝るだけ
  • 洗濯物は浴室乾燥機

こういう割り切り方ができる方にはお得なエリアかもしれません。


img_20170907153716fe501225db7b12a45e8e5b053bf7d76ba98a6172.jpg

個人的にこのエリアの特徴を最大限に活かそうとすれば、写真のような商店街のお店やスーパーを利用して住む住まい方です。
建物はそんなに背が高くなく、3Fとか4Fといった程度です。
商店街の中というのは工事も大変なので築年もそんなに新しくなかったりするのですが、部屋は大したことないが街が楽しいというような住まい方をしてみたい人には向いているかもしれません。

お肉屋さん、自転車屋さん、おもちゃ屋さんといった個人店が沢山並んでいました。

©google

平尾宿を入って少し行き、右に折れたところに豊田家の家があった石碑があります。
豊田家というのはこの板橋宿のあたりでは大きなお屋敷を持っていた人のようです。

今じゃ、マンションの植え込みの中に石碑がひっそりとある程度です。

捕まった新撰組の近藤勇が処刑されるまでの間、幽閉されていた場所と言われています。

ちなみにですが、巣鴨駅の近くには15代将軍の徳川慶喜のお屋敷跡の石碑があります。
四年間しか住まなかったそうですが、引っ越した理由が"(今後)山手線が通るので、音が気になったから"なんだそうです。
本人に会って話を聞いたわけではないので本当のところはわかりませんが、けっこう好きなエピソードの一つです。

仲宿

平尾宿の次には仲宿という場所になります。
板橋駅側から行った場合の仲宿入り口です。最寄りは板橋区役所前駅。

©google

この通りにも沢山の個人店が立ち並びます。
活気のある商店街という印象。

©google

"板橋"があるところまで約600m続く商店街です。
散歩した日は18:00頃でしたが、夕飯の買い出しをする人でごった返していました。
また、この通りには"ライフ仲宿店"があるのもポイント高いですね。

板橋の"板橋"に到着

仲宿の商店街を抜けると板橋区の由来の元になった"板橋"に到着です。
日本橋から2里25町23間の距離です。
1里=3.97km=約4kmなので、日本橋から約8kmというところ。

(C)google
google mapで確認してみると10.8kmという距離でした。
江戸城に向かう人にとっては東京に入って最初の宿場町であり、地方に向かう人にとっては東京最後の宿場町となります。

板橋は石神井川を渡るための橋です。
石神井川の源流は小平市のゴルフ場の中にあるとのこと。

現在は小平市花小金井南町にある小金井カントリー倶楽部敷地内の湧水を水源とし、一級河川起点は「左岸:小平市花小金井南町三丁目1218番地先、右岸:同市同町三丁目1217番地先」(住居表示では「小平市花小金井南町三丁目2番地先」)である。かつてはさらに西に遡り、小平市鈴木町一丁目の鈴木小学校敷地に水源があった。現在でも、川を埋めた跡や地形からそれらが偲ばれる。途中でゴルフ場「小金井カントリークラブ」の中を通るが、ゴルフ場の一部において川が地上に露出していた。しかし、2000年代初頭頃に埋め立てられた

出典:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%A5%9E%E4%BA%95%E5%B7%9D

現在の板橋は木造ではなく、しっかりとした鉄筋コンクリートでできていました。

この写真の向こう側が上宿(板橋本町)となります。

おまけ:住む場所を考える時に

用途地域などの都市計画や建築基準法の関係上、大通りには背の高い建物が多く、一本入った道の細い部分には背の低い建物が建っています。
背の高い建物というのは、世帯数も多く、サラリーマンなどを対象にした投資用物件が多いので設備が充実していることが多いです。
逆に細い道に建っている物件は個人の大家さんだったり個人店の持ち物だったりします。
空いている部屋や土地に小規模なアパートを建てているので、設備投資には限界があることが多いですが、当然、設備充実の建物よりも安く住むことができます。

例として"24時間ゴミ出し可能物件"で考えてみます。

  • ゴミを自分の住んでいる建物だけで完結→何時にゴミを出すかは関係ない(街のゴミ出し時間や曜日に左右されない。)→家賃の上昇
  • ゴミを自分の住んでいる建物で完結できない→街のゴミ出し曜日や時間に左右される→無い設備を街が補っているので家賃は安くなる

この考え方によって住む場所はある程度変わってくると思います。
自分の住みたい街が自分のお財布が許せる範囲の家賃価格帯なのかどうかというのはとても大事なところです。

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著者
徳留康矩
徳留康矩

2015年秋より暮らしっく不動産のメンバーとして参加。 戸建住宅営業、IT屋、工事現場職人をしてきており異色の経歴の持ち主でもある。 そのかたわら、音楽制作も行っており2015年には自主制作アルバムを配信した。

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