「変わりたいって思ったらまずは見た目からじゃない?」

マイコがそう言いながらスマホをいじる。

「一番難しそうなんだけど」

「でも高校の友達が変わってくの見ていいなって思ったんでしょ?」

「そうだけど悩むー」

私が言うと、そんなこと言ってるからだよぉ、と画面を私に向けた。

夜にやっているテレビ番組で、男女が同じ家に住んでドキュメンタリーっぽい恋愛をしている子が映っていた。

「この子知ってる?」

「うん、もちろん。先週もテレビ見た」

「じゃあ話早いわ。この子さ、私の高校時代の友達なの」

「え!ほんとに? すごいね、一番かわいいよねテレビのメンバーのなかで」

私が言うと、マイコがスマホをスクロールする。画面には、インスタの写真がずらぁっと表示されている。

「これ、分かる?」

写真には、プールサイドの白いチェアに寝そべって、サングラスをずらして笑っているマイコと女の子が映っていた。

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「マイコと友達?」

「そう、2年前なんだけど、この子、テレビの子だよ」

えっ、と思ってもう一度画面を見ると、うっすらピンク色のベールがかかったような淡いマイコの顔のとなりで、丸顔の、眉毛が黒い子だった。

「全然ちがう」

「でしょ? だから変われるんだって。私もテレビで見たときはびっくりしたよね。あれ本名でやるんでしょたぶん、だからすぐ分かって。にしても変わり過ぎだよね、目とか整形かと思ったもん」

「整形なの?」

「たぶんメイクじゃない?」

へぇー、と言って画面をもう一度見ても、テレビで見ている子とは別人に見えた。

「とりあえず、デパート行こ」

え? と言うと、マイコが、どうせ自分じゃ何もできない、と言った。

マイコについて渋谷に向かい、スクランブル交差点を渡る。さすがに私ももう迷うことはなくなった、と思うと自信がでてくる。

デパートに入ると、ブランドの化粧品のカウンターが左にも右にも並び、新商品の香水の匂いを染み込ませたスティック状の紙を勧められ、勧められるままに受け取った。

マイコが、香水いるの? と聞き、私は、つけたことないしたぶんいらない、と言うと、だよね、と笑った。

黒で統一されたかっこいいブランドもあれば、アイテムにいちいちスワロフスキーのようなキラキラをつけたお姫様っぽいブランドもある。私は、お姫様のグロスを手に取ると、マイコが、ゆみかそれ似合わない、とはっきり言った。

店員のお姉さんが、そんなことないですよ〜、と言ってきたが、髪はツヤツヤな茶色、つけまつげ、ピンクのリップ、アイスブルーの色のワンピース型の制服を着ているのを見ると、あぁ自分には合わないんだとはっきり分かった。

マイコは、白で統一されたカウンターに、控えめな装飾のケースのあるブランドに私を連れて行き、お姉さんに声をかけた。

「すみません、この子をトータルでかわいくして欲しいんですけど大丈夫ですか、顔面フルで」

顔面フルで、という言葉に笑ってしまうと、お姉さんも、顔面フルでご紹介いたします、と私をカウンターの席に案内してくれた。

「今日はメイク薄めですか? 普段はどのようなアイテムをお使いですか?」

お姉さんが言うと、マイコは、自分もちょっと化粧品見て来るから、と言って私を店に預けて他のカウンターへ向かった。

「えっと、だいたいこういう感じで。ちゃんとしっかりメイクって成人式くらいでしかしたことなくて。普段はドラッグストアとかで買えるようなのしか持ってないです」

恥ずかしい気がして小さい声で言うと、お姉さんは、そうなんですね〜、とどこかのお笑い芸人のネタのような口調をした。

「じゃあ今日をきっかけに綺麗になりましょう!」

綺麗になりましょう、というのが自分に向けられているのが嬉しくて、綺麗になれたらどこに行こう、と頭の中で考えた。

お姉さんは、何色もあるカウンターの側のディスプレイ品から、リップ・チーク・アイシャドウ・マスカラ・ペンシルアイライナーを何の迷いもなく取った。

「もともとお肌が白くて、でもベースはイエローなんですね、なので、この下地と、ファンデーションはクッションファンデにしてみますね、ポンポンとやるだけで綺麗につくので簡単ですよ。あと、これはアイブロウなんですけれども、眉毛が若干毛量が多いので、ペンシルで眉尻を描いたら眉マスカラでトーンを薄くしてあげると優しい女性らしい印象になります。アイラインもブラウンなんですが、濃いめなので目力が上がります。アイシャドウは...少しオレンジがかったもので、このパレットだとクリーム状のベースとパウダー状の2色がセットになっているんですね。クリーム状のものをまぶたに塗っていただいて、このオレンジオレンジしていないオレンジを半月状に、アイラインギリギリのところには隣のブラウンで締め色になります」

ひとつひとつ説明しながらも、顔にトントントンとベースを塗られ、まぶたを抑えられ、眼球を上に、と言われるまま天井を見、心の中で、オレンジオレンジしていないオレンジって一体・・・と考えていた。

「チークはピンクだと少し子供っぽくなるお顔立ちなので、オレンジを使いますね。オレンジと言ってもベージュ寄りのオレンジなので肌馴染みがいいですし、あとは位置ですね、頬に丸く入れるんじゃなくて外側に向かってスッと長方形状に入れていくとシャープに見えますよ」

ほら、と鏡を寄せられ、覗き込むと、オレンジと言ってもベージュ寄りのオレンジと言われた色が想像よりも濃く入れられていた。

「リップは赤で濃いって思われるお客様もいるんですけれど、これは発色が控えめなのでおすすめです。マスカラは、もともと長さがあるのでカール力強めなタイプのほうがお似合いになると思います。ブラックが人気なのですが、ブラウンブラックのほうをつけさせていただきますね、こちらのほうがお似合いになると思います」

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上を向いてと言われ上を向く。ちらっと鏡に目をやると、鼻の穴がばっちり見える角度で、口が少し空いていた。マスカラを塗る時に口が開いていくのはなんなんだろう不思議、と思う。

できましたよー、と言うお姉さんに、ありがとうございます、と言って鏡をのぞきこんだ。さっきまでとはだいぶ違って、目の印象が強くなり、化粧してます!という感じになった。

「あ、ゆみかー、かわいくなってるぅー。やっぱりここで正解だったねー」

マイコが言い、買っちゃいな買っちゃいなよ、と言うので、少し悩んで、ファンデーションとアイシャドウとチーク、眉マスカラを買うことにした。お金ないなぁという顔をするとマイコが見透かしたように、クレジットカード持ってるじゃん、と言った。お姉さんは、電卓を綺麗な爪で強めに打った。14,800円と表示されたのを見て、うっ、と躊躇したが、お姉さんはあたりまえのように、14,800円ですね〜、と明るい声で言うので、じゃあお願いします、と私はカードを出した。

お姉さんは、レジに入金に行ってきますのでそれまでこちらをお試しになってお待ちくださいね、と、グリーンのパッケージのハンドクリームを置いて行った。マイコは、わぁ甘い匂いする〜と喜んで私の手にもぬりぬりと塗りこんだ。

「ねぇ化粧濃くない?」

「全然濃くないよー。っていうか、ゆみかがこれまで薄すぎなだけでしょ」

そうかなぁとマイコを見ると、さっきよりも頬がピンク色になっていて、唇の色も違っていた。手には、化粧品を買ったときにしか見ない小さいブランドの袋が提げられている。

「マイコ何買ったの?」

「これー、実は前から欲しくって。人気で地元だと欠品って言われてさ、渋谷ならあると思ってたらあったから即買いだよねー」

袋から出されたのは、真っ青なグロスだった。

「青いよ!」

私がちょっとびっくりすると、マイコは知ってるよ、と笑った。

「この青いのがそのまま唇になるわけじゃないんだから。ゆみかウケる。グロスタイプで、手持ちのリップと合わせて使うとつやっつやになるし、色も落ちにくくなるの、ラメが入ってるから外で見るともっと綺麗かも」

へぇーと思いながら、ラメの入ったものを唇に塗るのは抵抗があるなぁとちょっと思う。前にラメ入りのマニュキュアを買ってみたら、なかなか落ちなくて苦労してからラメが苦手だ。

「お待たせいたしましたー。こちらがお品物と、カードの控えのお返しです。もしよろしければ試供品を入れておきましたのでお使いください。今回のマスカラとリップも気になったらまたお試しにいらしてくださいね」

そう言ってこれもまた小さな袋を渡して、丁寧にお辞儀をしてくれた。

失くさないようにしよう、と言うと、マイコが、さすがにそればない、とすかさずツッコんだ。

「これから慶太先輩と会うんだけど、ゆみかどうする?」

デパートを出てそう言うマイコに、思わず、は? と返した。

「え?」

「いや、えじゃないでしょ。なんで慶太先輩と会うの?」

すたすたと駅に向かうマイコのあとをついていく。

「いや、もともと今日約束してて、それでゆみかがお茶したいって言うからじゃあその前にって思って、そしたら変わりたいってなって化粧品を」

「いやいや、そうじゃなくって、それはあの、急に一緒に来てくれてありがとうなんだけど、なんで慶太先輩と約束してたの? 二人?」

「あーそこね! うん、なんかデートっぽくてよくない? でもまだサークルの他の子達には言ってないから言わないでね」

「言わないけど」

「もしかして、ゆみか慶太先輩のこと好きだったりする?」

「え! ないない! そういうのない!」

ブンブンと手を横に振って否定すると、買ったばかりの化粧品が袋の中でカチャカチャ音をたてた。

「ならいいいけど」

交差点をまた渡ると、改札そばの壁画に慶太先輩が寄りかかってスマホを見ていた。

私はなんだか気になって、顔がへんじゃないかと鏡を出して見た。店内で見たよりも肌に馴染んでいるけれど、頬も目元も慣れない色がついて何かのキャラクターのようにも見えた。

「ケータさん」

マイコがそんなふうに声をかけるので、私は思わずバッとマイコを見た。

「おー」

気にもとめていないような慶太先輩の返事に、私が思っているよりもこの二人は何度もこうして会っていたのかもしれない、と感じた。

「あれ、ゆみかちゃんじゃん」

慶太先輩が言うと、そうなんです、さっきまで一緒に買い物してて、と言って、マイコがぺろっと舌を出した。あんなに強い意志でグロスを手に入れたのに、思わず買っちゃったというような顔をしている。

「じゃあ3人でごはんでも行く感じ?」

私は、あ、はい、と言おうとすると、マイコが、いえいえ、と遮る。

「ゆみかはこのあと用事があるみたいで」

あ、あぁ、はい、うん、としか言いようがなく、私は、あ、あぁ、はい、うんそうなんです、と返した。

「なんだそっか。じゃあまた今度だね」

慶太先輩が言うと、マイコがバッグの中に手を突っ込んで、バイト先から電話だ、と言って少し離れた。

「マイコちゃんと仲よかったんだね」

間を持たせようとしてくれるのか慶太先輩が言う。

「はぁ、まぁ。授業も一緒ですし」

「そっか、なんかゆみかちゃん今日雰囲気違くない?」

「あ、さっき化粧品のカウンターでメイクしてもらって」

「だよね! いつもより優しい感じがしていいよ。あ、いつものすっぴんみたいな顔もいいと思うよ」

すっぴんに見えてたのか、と思いながら、ありがとうございます、と言うと、慶太先輩が急に頭をポンポンとした。私はびっくりして、マイコのほうを見ても、マイコは自分の足元を見ながら電話をしている。

「今日はマイコちゃんに誘われてきたけど、今度ちゃんとゆみかちゃんも誘うね」

「あ、まぁそんな気を遣わなくて大丈夫ですよ」

「そんなことないよ。聞いたよマイコちゃんから。遊園地とかバーベキューとかプールとか、あまり行ったことないんだって?」

「あ、はい、地味にJKしてきたので」

私が言うと、JKっ、と言って慶太先輩が笑った。

「じゃあ今年行けばよくない? 俺連れていけるし。あ、もちろんみんなで。ゆみかちゃんがイヤでなかったら二人で行ったっていいし」

慶太先輩がなんでそういうことを言うのかよく分からず、私はただ、またまたそんなこと言って、と笑った。

「遠くが苦手だったら渋谷でも。この間いい感じのカフェがあったんだ。スクランブル交差点を見下ろせるんだよ、今度連れていくよ」

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じゃ、じゃあこんど、と下を向きながら返事をした。

「ごめーん、店長がシフト変えたいって言ってきてー。どしたゆみかなんかあった?」

マイコに聞かれるわけにはいかないということは分かって、なんでもないよ、と答えた。

じゃあ気をつけてね、と言って、マイコは手を振ってくれる。

二人の後ろ姿を人混みに紛れるまで見ていると、マイコが慶太先輩のTシャツの裾を掴んでいるように見えた。

まわりに同じような服装の人たちがたくさんいて、すぐに紛れて見えなくなると思ったのに、遠く見えなくなるまで二人のことがはっきり見えた。